なんちゃって百人一首第84首への思い

   永らえば 母の言葉を 思い出す

   老いては子らが 従えと言う

 

 

老いを自覚するようになり

母が70歳代のころ(私は50歳代)

母とのいさかいの中での言葉

老いては子らが従え」

が忘れられない

 

母は29歳で総入れ歯となり

その時は関節リュウマチにもなっていました

 

何か体に良いものを・・・

と私に相談してくることが多かった

 

ゆずの種がいいとか 痛散湯はどうだろうとか・・・

 

そして

秩父の山里の“ある水”の事を聞きつけて

私に尋ねてきた

 

とりあえず一か月に一回その水をポリタンクに汲んできて

茨城の実家まで一年ぐらい運んだ

 

縁を切った…縁を切られたとは思っていましたので

あまり関わり合いをしたくはなかったが

 

何かにつけて

「謝りに帰って来い・・・」

と電話してくる母に

母の頑固とわたしの頑固がぶつかる

 

そして

何かの話の流れで

老いては子に従えってあるじゃない・・・」

と私が言った時

老いたら子らが従え・・・が私のモットーだ」

となった

 

売り言葉に買い言葉の応酬となった

 

 

私の弟がアメリカでの永住権を取得したころから

私と縁を切ったと言いながら頼りにしてくる

 

矛盾の中にいながら

葛藤を繰り返しながらも

月一ぐらい出かけて行った

 

手作りの好きな私は

作った味噌や手作り餃子・漬物などを持参していったが

 

妹への電話に母は

「姉(私)は貧乏だから手作りを持ってくる」

と話していたようで

 

それを聞いた妹は

高島屋三越のデパ地下の高級惣菜を持って行ったようだ

 

すると私に母は

「妹はあんたと違って何もできないから

 出来合いのものを…云々」と

 

これを聞いた時

寂びしい人だな~と思った

 

愛情確認をしたかったのか?

お嬢様で育った人のたどる道なのか・・・

 

 

 本日も お読みいただきましてありがとうございます(#^^#)

 

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